2024.1.29

 ある日の夜半の帰り道、そういえばコンビニに寄るんだったの気づきの「あ」と共に振り返り、すれ違った人が「い」。歩き去りながら「うーう」と言われ、順番抜かしへの微かな咎めも込めて背中合わせの「え、お」で交信終了。そのまま続けていれば「ん」超えて「Z」超えて、意味のない一文字を片っ端から送り合っていたか。
 いわば地球とボイジャーみたく、途方もない距離を超えて私達は単体では意味をなさない言葉のラリーを繰り返していたか。あるいは矢文の応酬。言葉限定で無重力の冬では、真っ直ぐにさえ放てれば必ず届く(そういえばゴルゴ13に、宇宙空間で弓矢を放つ回があった)。見ず知らずの私達は遠ざかりながらも、船の上の扇を射抜くように狙い澄まして一文字を撃ち合う。
 うろんなやり取りに夢中になっている内に地球にさらばして戦士が起動し死の星が弱点を突かれている気もするが、関係なく弓を引き絞っては放ち、を繰り返す。いつの間にか届く文字は見た事の無いものになっていて、何となく、さっきからずっと話しかけてくるこの頭足類の言葉に形を与えたらこんな風になる気がした(煩わしいと払おうとしたらもう遥か彼方だった)。
 えてして、こういう勝手な印象から音は文字という形を与えられてきたのだろう。かく言う私の文字も知らない間に知らない体系のものになっているはずで、意味を問われれば言葉要らずの肩をすくめるジェスチャーしか返せない。
 お疲れ様ですいつかの言語学者、という有意味な文字列を発する暇もないほどに、私達は無意味な一文字を放ち続ける。